デス・オーバチュア
第136話「狭間の魔王と幽閉皇女」



魔皇界。
人工的に作られた魔界の隣接次元、魔界を包み込む外周(外層空間)、魔界の双神の一人である魔眼皇ファージアスが自分のためだけに作った世界だ。
その広さは魔界とまったく同じである。
言わば鏡の中の魔界、もう一つの魔界ともいえる世界だった。

そんな広大な世界に存在するのは、魔眼城と呼ばれる唯一つの城と、魔眼皇の眷属達だけである。
そして、その城の地下には全ての世界へ繋がる無限ともいえる数の門が存在し、たった一人の少女が全ての門……即ち全ての世界を管理していると言われていた。



その少年は青い光輝を身に纏っていた。
長い間誰一人訪れたことがないであろう、気配や温もりがまるでない冷たい暗闇の中を少年は歩く。
やがて、少年の前に一つの巨大な門が立ちはだかった。
巨大な門は少年が触れるまでもなく、まるで彼の青き光輝に反応したかのように独りでに開かれる。
「…………」
少年は、躊躇することなく、果ての無い、ただ歪んでいるだけの無限の空間に足を踏み出した。
空間中に無数の門が『埋め込まれる』ように浮いている。
誰が見ても、奇妙に思うであろうこの不可思議な世界の真ん中に、黒い布きれが蹲っていた。
「……ようこそ、オッドアイ……我が従兄弟殿……」
黒い布切れが若い少女のような声で告げる。
「前に、僕が来た時から、今日までの間に誰か訪れたか、モニカ?」
少年……氷の青と魔の黄金の瞳を併せ持つ金髪の美少年オッドアイは、布切れの前まで歩み寄った。
「いいえ……叔父様が一度訪れたあの時以外……誰一人この地に訪れていないわ……」
「ふん、あの時か……」
オッドアイは布切れ……いや、少女のローブのフードをめくる。
魔や黄金を象徴するには淡く薄い……月明かりのような儚げな金色の髪と瞳が姿を現した。
人間に例えるなら九〜十二歳ぐらいの幼い、とても愛らしい少女……それが黒い布切れの正体である。
「あの時以来、時間移動を繰り返したせいで……あれがどれくらい前のことだったのか……どうも時間感覚が狂っている……」
「それが最近、お見限りだった言い訳……?」
少女がクスリと微かに笑った。
「ん?……君の感覚だと、そんなに長く僕はここを訪れていなかったことになるのか……?」
「わたしにとって永遠は一瞬……一瞬は永遠……時の流れは外界で勝手に流れているものに過ぎない……」
「ああ、そうだった、君には時間の流れなど無意味だったね」
ここには門以外何もなかった。
日常……世界から隔絶され……数多の世界を管理するためだけに存在する世界……それがこの場所である。
「だから……わたしにとって……『時間』とは……あなたに長く会っていないような『気』がするかどうか……ただ、それだけでしか推し量れないのよ」
この世界は、どれだけ時が経とうと、朝が訪れることも、何かが起こることも、何かが変化することもないのだ。
モニカにとって変化とは、この場に誰かが訪れること、外界からの干渉によってしか発生しない。
そして、この場に訪れる者は、基本的にオッドアイ唯一人だけと言ってもよい。
「……次元の門番か……こんな退屈な役目、ソディかセレナ、セレーネ、あの無価値な者共の方がお似合いだというのに……」
「フフフッ、お兄様、お姉様、そして、お母様……誰にもわたしの役目は代われないわ……だって……あの人達は無力だから」
モニカは怖いぐらいに綺麗な笑顔を浮かべて言った。
「フッ、そうだったな。あいつらは無価値というより無能という方が正しかった。魔眼皇の第二妃セレーネの子の中で、価値があるのは君だけだ、モニカ」
オッドアイはモニカの頬にそっと手を添え、顔を上向かせる。
「あまり悪く言うものじゃないわ……お兄様達もちゃんとお母様と同じ神族『程度』の力は持っているのだから……リンネお義母様の血を引くお姉様とお兄様達が優秀すぎるだけの話……」
「優秀ね……まあ、確かにあの三人は僕でも少しは手こずるかな?」
「自信家ね……油断しては駄目……クライドお兄様はとてつもなく強い、リューディアお姉様は怖いぐらいに賢いし……シンも侮っちゃ駄目、あの子には剣のテオ……んっ」
オッドアイは左手の人差し指でモニカの唇を塞いだ。
「いらぬ忠言だ。僕を誰だと思っている?」
「……聖魔王オッドアイ……わたしの大切な……従兄弟……」
「その通りだ。聖と魔を併せ持つ最強の魔王、それが僕だ! たかが魔皇の子供(皇子、皇女)ごときに遅れをとるものか!」
「……あの、わたしも魔皇の子供なんだけど……」
「君は特別だよ、僕の大切な従兄弟だ」
「……従兄弟……」
モニカは複雑そうな表情で呟く。
「モニカ?」
「ううん、なんでもない……」
「見ているがいい、モニカ。僕はあいつを……あの男を倒し凌駕する! そしたら、次は魔眼皇だ。ついでに皇子達も全て倒し、君をここから解放してあげるよ」
「うん、ありがとう、オッドアイ……でも、無理はしないで……わたしはこうしてあなたがたまに会いに来てくれるだけで……幸せだから……」
「欲がないな、モニカは……君の方が遙かに強いのだから、母親や兄姉に従う必要など本来ないというのに……」
「…………」
モニカは目を伏せると、首を横に振った。
「いいの……お母様達はきっとわたしが怖かったのよ……わたしだけがあの人達には無い強い力を持って生まれてきたから……」
別に恨んではいない。
モニカの声には憎しみというより哀れみが強く含まれているように思えた。
「優しいな、モニカは。半分女神の血を引いているだけのことはある……もっとも、純度100%の月の女神様はただの愚かな女だがな」
オッドアイは嘲笑うような笑みを浮かべる。
オッドアイはモニカ以外の全ての親族が嫌いだった。
特にモニカの実の母親と兄姉、モニカをこんな所に押し込んだ無力で無能な屑共は殺しても飽き足らない程嫌いである。
そして、無力でも無能でもないかわりに、生意気な第一妃の方の皇子と皇女達も勿論嫌いだった。
「……ところで、モニカ」
オッドアイは気持ちを切り替えるかのように、話題を切り替えようとする。
「……やっと本題?」
モニカは何もかも見透かしたように微笑んだ。
「残念……やっぱり、ただ会いに来てくれたんじゃなくて、用事があったんだ……」
わざとらしく、少しだけ拗ねたような表情をする。
「そう拗ねないでくれ。しばらく、放っておいたことは謝るから……僕の頼みをきいて欲しい……」
「フフフッ……嘘、怒ってない……それに、わたしがあなたの頼みを断るわけもないでしょう?」
モニカはとっても幸せそうな笑顔を浮かべていた。



「フフフッ、女の誑かし方は父親譲りですわね」
オッドアイが門から外に出ると、そこに『闇』が待っていた。
怖いくらいに静まりきった、深く暗い廊下の中にあっても、その存在感は欠片も揺るがない。
廊下の暗闇など比べものにならない、どこまでも深く暗い、闇の中の闇がそこには居た。
「あんたか……いいのか、あいつの傍に居なくて? フィノーラもゼノンも……ついでに何の関わりもないミッドナイトの奴まであいつのところに行ったというのに……なんで、あんたがまだこんな所に居るんだ?」
闇の姫君……『D』はオッドアイの問いに、上品で余裕のある笑みを浮かべる。
「フィノーラには所詮何もできませんわ。あれは女として愚か過ぎますから……まあ、気持ちは解らなくもないのですが……」
「ふん、魔王の一人をつかまえて言うじゃないか。フィノーラとあんた、どう違うって言うんだ? どっちもあいつの呪縛から抜け出せない愚かな女だろう?」
オッドアイは嘲笑うように言った。
「そうですわね……あえて言うなら、多くを望むか、望まぬかでしょうか? わたくしはあの方の『物』でありさえすればいい……愛されたいなど……対等の関係に成りたいなど初めから望んでもいませんわ」
Dは一欠片の迷いもなくそう言い切る。
「……なるほど、はなから諦めているわけだ? 恋人とか妻とかそういった関係は」
「諦めているのではなく、望まないのです。それに、理解しているのです、あの方に愛情を求めることの愚かさを……」
「ふん……フィノーラより、あんたの方が救いがたいな……光の下僕であることを望むか、飼い馴らされた闇よ?」
オッドアイはそれだけ言うと、Dにはもう興味を無くしたのか、その横を通り過ぎようとした。
「あの方に呪縛されているのは、貴方も同じ……いえ、貴方の方がより強く深……」
「うるさいっ!」
赤い炎がDの体を縦に一閃する。
振り返ったオッドアイの左手にはいつのまにか、赤一色の西方風の豪奢な直剣が握られていた。
「炎の聖剣(エクスカリバー)ですか……なるほど、御主人様の地上の小屋にあったのが複製だと思ったら……本物は貴方が所有しておられたのですね……」
「ああ、そうだ。エクスカリバー……数多の世界でもっともポピュラーな聖剣……だが、その聖剣が元々は……」
Dの体を青白い閃光が横に一閃する。
「赤と青、火と氷……二本で一対の聖剣であることはあまり知られていない……」
オッドアイの右手には、左手の赤の聖剣とそっくりな青い聖剣が握られていた。
「無駄です、闇は灼くことも、凍らせることも……」
赤と青の光の線が交わり、不可思議な極光の十字を描き出す。
「氷炎(ひょうえん)の煌めきに散れ、醜き闇よっ!」
極光の十字の幻想的な煌めきと共に、Dの姿が跡形もなく消し飛んだ。
「貴様など聖剣だけで充分だ、魔剣を抜くまでもない」
オッドアイの両手から赤と青の聖剣が消滅する。
「闇……いや、影は影らしく、光(あいつ)の足下にでも張り付いていればいい」
オッドアイは門に背中を向けると、一度も振り返ることなく通路の暗闇の中へ消えていった。



「……D、死んだ?」
オッドアイと入れ替わりに門の前に現れた人物は、何もない暗闇に話しかけた。
『ええ、完全に滅されました……炎と氷(水)の対消滅……美しく見事な技でした……』
暗闇がDの声で答える。
「……正と負の反発を利用する……両極剣(りょうきょくけん)の初歩……」
『不滅の闇(わたくし)を一部とはいえ完全消滅させるとは……流石は、腐っても御主人様の御子息……』
暗闇の中に一際濃い『闇』が生まれたかと思うと、人の形を……Dの姿を形成した。
「腐って……嫌いなの、オッドアイが?」
「いいえ、御主人様以外には興味がないだけですわ。例え、御主人様の御子息といえど、その例外ではありません」
「そう……」
「ところで……」
Dは改めて、自分に話しかけてきた人物を凝視する。
「貴方がなぜ、ここに居るのですか? 貴方が主人の傍を離れるなど……そんなことがありえるのですか?」
彼女は、この場所に居るはずが……より正しく言うなら、一人で居るはずがない人物だった。
「お使いに行くの」
「使い? 遣い? 一時たりとも手元から手放したことがなかった貴方をどこへ……?」
彼女は答える代わりに、Dの背後を指差す。
そこには、巨大な門が拡がっていた。



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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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